お侍様 小劇場

   “いない いない” (お侍 番外編 100)
 


       




大人になると時間への感覚が少しずつ変わるものだそうで。
嬉しいことにつけ辛いことにつけ、
学生の時分は なかなかやって来ないとか過ぎてゆかぬと思えたそれが、
年齢を重ねるにつれ、数年単位で駆け去るような感覚になってしまう。

 『しまいには、あっと言う間に10年20年が経ってしまうらしで。』
 『ほほお、とんだ浦島太郎やな。』

自分と大差ないはずの年頃の、
年齢も立ち位置も一番間近い大人二人が、
他人事のように取り上げていた言いようだが、

 “あの人らだけは、
  いやいや…島田の人間は、そういうのん例外なんかも知らへんな。”

この時期だけは、西も東も同じような色合いが彩る街並みで。
赤に緑、金に白と、それぞれに宗教的な意味のあるとかいう、
クリスマス仕様の飾り付けの方は、
御主のおわす須磨の現地の方々へとお任せし。
自身はこうして東までの遠出をと伸して来た、
島田一族 西の総代、須磨の支家を束ねる丹羽良親様の懐ろ刀こと、
京都は山科支家の次男坊、佐伯如月くんだったりし。
同じなようでも微妙に異なる東の都心の華やぎを、
空港から此処までの道中のあちこちで目にしたものの。
今日の彼の使命はといえば、

 「如月様、冬仕様の荷はこれで全部です。」
 「お年始の道具類もこれへ。」
 「へえ。ほな、始めてもらいまひょか。」

西の方々がこちらでの行動の足場にしている別邸も、
年末とあっての大掃除や模様替えの必要があり。
本来ならば、例年からしてそうであるよに、
年季もあっての慣れてもおいでな、
出張班の“草”の方々に任せ切ってていいよなものだが。
年明けにこちらでの、ちょっとした“お務め”が入っているとかいう話なので、
遺漏が無いようにというお目付役として、
それでもまま、仰々しくならぬよう、
年少の彼が上京して来たという運びならしく。

 「如月様、塗りの調度の一覧をご覧ください。」
 「はいな。
  …まあまあこれはまた、立派なもん お出しにならはった。」

いずれ名のある師の手になるものか、
冬場の更夜の帳
(とばり)を思わす、深みある漆黒やら、
それとの対になっていや映える、
鮮やかな朱色や紅丹での内塗りやらに塗り込められ。
その表へは、さりげなくも品があって豪奢な、
蒔絵による草花が渋い金にて描かれた、
屠蘇の銚子や盃に盆膳、
はたまた重箱に雑煮椀などなどが。
大人数の集まりでも十分間に合うような数を、
きっちりと揃えての準備がなされてあって。
そうかと思えば、日本庭園の先にある数寄屋風の離れでは、
各部屋の床の間に据えるものだろう、
掛け軸やら焼き物やらの木箱が幾つも並べられており。
中を開けずともそれら全てを把握しておいでか、

 「せやな、こちらの雪囲いの牡丹は母屋の南の広間へ。
  こっちは短冊ですやろ?
  お二階の円窓の間ァに、あ…椿は遠慮したってな。」

縁起や来賓の好みやら、
きっちり把握仕切っておいでの采配は、
無駄がなくての頼もしく。
決して狭くはない邸宅のあちこちで、
同時進行になる様々な作業を、
自分から分け入ってっての勇ましくも見て回る年若の差配殿。
肩に触れるか触れないかという長さに揃えた漆黒の髪が、
機敏な所作に添ってさらさらと涼しげに躍る。
確かもう成人におなりの筈だが、
頬骨の立たぬするんとした頬やら、
少女のような肌やらを保ち続けるその風貌は、
小柄で痩躯なことと、甘く伸びやかなお声なことも相俟って、
一族の中でも最も年齢不詳な存在として通っており。
そうは言っても、
人を指揮する態度は随分と堂に入り、
しかも手際がずば抜けていいことなどから、
さして面識はない顔触れとの作業でも、

 「せやったなぁ。
  関東では“お鏡”へ伊勢エビ飾らはるんやったなぁ。」
 「はい。」
 「関西では違うのですか?」
 「せやなぁ。本場のお伊勢はんは近いけど、
  関西では串柿によろこんぶとウラジロを重ねて、
  天辺には橙しか載せへんえ。」
 「よろこんぶ?」
 「せや。
  どない言うたらよろしやろ。
  おぼろ昆布とか削った後みたいな、
  紙みたいに薄っすい昆布をな、
  前掛けみたいにぺろんて、二つのお鏡の間に挟むのや。」

時折 舞いのように優美な手振りも取り入れの、
はんなりと語る様子も優しげに。
一夜飾りは縁起が悪いとばかり、
もう?という勢いで床の間へ鏡餅を飾る準備にあたっている面々へ、
そんな話を持ちかけて、笑い声を引き出しての場を和ませるところなぞ。
ちゃっちゃと手ぇ動かしや…なぞと、
叱咤するばかりじゃあいけないという機微、
この年頃でしっかり承知で如才がないというべきか。

 「じきに
(今すぐ)使うてもんやなし、
  埃の掛からんよう、
  勝手のええ水屋や棚へ、しもといて
(仕舞っておいて)下さいね?」

蔵からこそ出しはしたものの、
実際に使うのは10日ほども先の話。
とはいえ、ついさっき出したばかりですと
思わせるよな扱いをするのも落ち着きのないことだし、
借り物ではないのだからという、屋敷自体への馴染みも持たせたくってのこと。
こうしてはやばや出しておいての、置き場所をしっかと覚えてもらうのも、
早いめの蔵出しを図った目的の内の主要な一つであり。

 “うんうん、思ォてたより早よ片付きそうやな。”

皆様の手際もなかなかに鮮やかだったので、
丸々一日と見越していた予定も半分で済みそうかも知れないと、
胸のうちにて安堵の吐息をつきかけた、如月くんであったのだが。

 「……あ、あのぉ、如月様。」

玄関先のほうを整頓していた班の女性が一人、
よくよく磨かれた板張りのお廊下を、
白い靴下の足元、時折すべらせかかりつつ、
パタパタとせわしい足取りでやって来た。
相手の姿が見えたからといって、
大声を上げて用件を告げるというよな はしたないことはせずの、
十分に近づいてから、尚も小声で彼女が告げた内容は、だが、

 「…何ですて?」

ほんの一言の耳打ちでとは思えぬほどに、この如月くんを驚かせたようで。
いかがいたしましょうかと訊きに来た彼女にしても、
西の総代様が隠れ家としておいでの邸宅を預かる、
それほどの重責を担うだけの格でありながら、
それでも…恐らくは判断に困って、
今日のこの場の主人格に当たる彼へお伺いを立てに来たらしく。

 「何処に おいでなん?」
 「ひとまず門の中へとご案内は致しましたが。」

それもいけなかったでしょうかと、
おどおど眉を下げるお姉様へ、ううんとかぶりを振って見せ、

 「連絡は貰ろてなかったが、それでも頼ってくれはっただけ有り難い。」

せやよって、あんじょうよぉ通してくれはってよかった、と。
ご注進にと駆け参じた彼女の対処を褒めて差し上げつつ、
自分でも彼女がやって来たほう、玄関へと小走りに駆け出している如月で。
今時には珍しい作り、互い違いに重ねるのではなくの、
左右の外側へと全開に出来るという両開きの引き戸を、
今は掃除の都合で開け放っているその軒先に、
カシミアだろうか、軽やかな印象のするデザインの、
ベージュ色のコートを羽織った青年が立っており。

 「…お忙しいところへ押しかけてごめんね、如月くん。」

お行儀のいい微笑は、
丁度居合わせた一族の皆様を

  ―― はうぅ、と

それは容易く腑抜けにさせるほどに、
瑞々しくも美麗で嫋やかな代物であったのだけれども。

 “何があってそんな……。”

もしやして、
過ぎるほどに行動派なところが似通った、
困った御主に仕える身同士だからだろうか。
如月にだけは、平静を装ったその奥にひそむ、どこか儚い気色もするりと覗けて。
この彼には珍しいほど、所在なさげなお顔をしたのが、
出迎えた格好になった少年の胸元、つきんと突いての罪作りだったほど。
それほどに心許ない様子をした、七郎次お兄さんの突然のお越しであった。






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 *意味なく関西勢を引っ張り出したワケじゃあありませんぞ?
  シチさんが逐電した原因は意外にも…?(まだ引っ張るか?)


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